diary, blog
江之浦測候所の見学会/後編
前回ブログの続き、
神奈川県小田原市にあります「江之浦測候所」の見学会について。
日本建築家協会関東甲信越支部住宅部会が主催で、設計された新素材研究所の榊田倫之さんと一緒に施設を巡る企画です。
見学中、施設内の各所で私が感心したところのスナップ写真と、その補足をさせていただきます。
「明月門」について
鎌倉にある臨済宗建長寺派の明月院の正門として室町時代に建てられたもの。
その後、関東大震災で半壊となり解体保存されたものが、大日本麦酒(サッポロビール・アサヒビールの前身)の創業者、馬越恭平の六本木邸宅の正門として再建された。
1945年に邸宅は被災するも門は焼け残り、茶友であった根津嘉一朗の根津家に寄贈された。
後に、根津美術館正門として使用されたが、2006年の根津美術館建て替え時に小田原文化財団に寄贈され、江之浦測候所の門として現在の姿となっている。
明月門の屋根瓦については、
解体修理により再建される際、痛んでいたものもあったため、状態の良いものを正面側に使用し、裏面は当時のものを再現する詳細検討を行なって新規に焼き直したものにされたそうです。
足元の敷石は、「京都市電の軌道敷石」とのこと。
明治28年(1895)日本初の電車事業として開業以降、数十年に渡り自動車路として共用されたため、肌が摩耗して味わいがある・・
石など、新しい材では、なかなか経年の味のある表情は出せないので、基本的に古い材料を手に入れられる時に買い付け、確保しているとお聞きしました。
敷石1つとっても徹底ぶりが凄いです。
こちらの変わった形の石は、かつて井筒石(地上に出た井戸の枠を指します)として鍵形に組んであったものを敷石に配置したものだそうです。
こちらは、巨大な根府川石。
近隣に根府川石丁場があるとはいえ、このような立派な石が踏石としてあちこちに・・
ちなみに前職の第一工房時代に設計を担当しました白河市立図書館の外構の一部に根府川石を採用したことがありました。ある程度は知る素材として少しばかり親近感を抱きながら根府川石を拝見しましたが、一定の大きさを超えるものが多数あるとちょっと別物の存在感で、石のサイズ感覚も麻痺しそうでした。
「石舞台」
水平に伸びる100メートルギャラリーの大谷石の壁を背景に、石舞台を見た写真です。能舞台の寸法を基本として計画されており、素材はこの地の開発時に出土した転石を使用しているそうです。
左の大きな石は、舞台の橋掛りとして23トンもある巨石(福島県川内村の滝根石)が据えられています。
この江之浦測候所の工事にはスペシャルな石工職人チームがいらっしゃるとのことで、素材の凄さだけでなく、設計も施工技術的にも特別です!
茶室「雨聴天」
千利休作とされる「待庵」の本歌取りとして構想されたもので、待庵の寸法を一分の違いもなく写したものとなっています。
ただ、この地にあった蜜柑小屋の錆果てたトタン屋根を慎重に外して、茶室の屋根にしているところ、雨がトタンに響く音を聴く「雨聴天」と命名するところなど、「本歌取り」の妙ですね。
▽左の写真:竹箒の垣根となっています。
▽右の写真:躙口前に光学硝子の沓脱ぎ石。光を受けて目眩く輝くとのこと。
「石造鳥居」
鳥居の古様を残す例として、山形県小立部落にある石鳥居(重要文化財)の形式を参照し組み立てられたのが、この石造鳥居とのこと。
一般的な成人男性では、屈む必要がある高さです。
茶室の躙口へ至る「躙り鳥居?」とでも言うのかなと・・
(そのような言葉は無いと思いますが)
「化石窟」
建物は、かつて蜜柑栽培が盛んであった昭和30年代頃に建てられた道具小屋を整備したもの。
内部には、5億年前の化石をはじめとする複数の化石、4000年程前の青銅器などが展示されており、杉本博司さんが収集してきた骨董品の凄さを感じます。
杉本博司さんが古美術商としてニューヨークで営まれていた木製看板を、ここに掲げていると榊田さんよりお聞きしました。
散策路にある階段手すりは、設備用の配管です。
「木化石」
地中に埋もれ化石化した樹木。
新生代(6500万年前〜)のものと思われる「木化石」を半分に切断し、ベンチとしているそうです・・
「樹齢400年の春日杉」
奈良春日大社の御神域に育った春日杉。
平成30年(2018)9月の台風21号で倒れた大木を令和6年(2024)に移送し、祀っているとのこと。
「片浦稲荷大明神」
石造稲荷神社は、享保12年(1727)武蔵国 豊嶋郡(現在の渋谷付近)にあったものと稲荷神社(狐も当時のもの)と考えられており、この地に譲り受けられ「片浦稲荷大明神」として祀られている。
鳥居は旧九段会館の屋上にあったもので、解体に伴い移設された。
「石造狸」
信楽焼の狸を石で造形したものは珍しいそうです(明治時代のもの)。
酒を左手に、通帳を右手に提げています。
杉本博司さんは、この狸の下半身を特に気に入っていらっしゃるらしいです。
「柑橘山 春日社」
柑橘山 春日社殿は、現存する最古の春日造りの姿を残す奈良・円成寺の春日堂を採寸さているとのこと。
ここに至る参道には古い灯籠が集められ、複数建てられていました。
背景を相模湾とする社殿の独特な建ち方、存在感を特別なものにしていると感じました。
榊田さんの解説のおかげで、知らずに見ただけではわからない経緯や素材について詳しく知ることができました。
杉本博司さんが一連の「海景」の作品群で時間をテーマにされていることは知られていますが、特に化石を好んでコレクションされていること、年月を経た古い素材を集めていることなど、この施設に込められたこれまでの想いが各所で整合し、なるほど!そうなんだ・・と感心しきりでした。
さらに、見学後には場所を変えて、榊田さんの講演(1時間ほどのレクチャー)と懇親会までプログラムを準備していただいており、新素材研究所で行なっている「江之浦測候所」以外の設計内容についてもお話を聞くことができました。
他の設計中プロジェクトでも非常に緻密な検討をされていることがわかり、個人的には榊田さんのお話・お人柄にすっかり魅了される1日となりました。
榊田さん、日本建築家協会関東甲信越支部住宅部会のみなさん、本当に素晴らしい企画をどうもありがとうございました。
前編・後編に分けた「江之浦測候所の見学会」ブログとし、少し間が空いてしまいましたが、後編記事UPは冬至の12/21にしてみました。
以上となります。